運営・管轄がFIBAからULEBへ
1958-2001 FIBAヨーロッパの管轄
FIBA European Champions Cup: (1958–1991)
FIBA European League (“FIBA Euro League”): (1991–1996)
FIBA Euroleague: (1996–2000)
FIBA SuproLeague: (2000–2001)
2000-01シーズンからULEB(ユーロリーグ)管轄
Euroleague: (2000 – 現在)
※2000-01シーズンはFIBA SuproLeagueとEuroleagueの2つが存在していた
※2010-11シーズンからターキッシュ・エアラインズ社がスポンサー
FIBA European League(1991–1996)
1991-92 パルチザン(ユーゴスラビア)が優勝
1991-92シーズンのログ(FIBA Europe公式)
1992-93 リモージュ(フランス)が優勝
1992-93シーズンのログ(FIBA Europe公式)
1993-94 ジュベントゥット(スペイン)が優勝
1994-95 レアル・マドリード(スペイン)が優勝
1995-96 パナシナイコス(ギリシャ)が優勝
FIBA Euroleague(1996–2000)
1996-97 オリンピアコス(ギリシャ)が優勝
1996-97シーズンのログ(FIBA Europe公式)
1997-98 キンダー・ボローニャ(イタリア)が優勝
1997-98シーズンのログ(FIBA Europe公式)
1998-99 ジャルギリス・カウナス(リトアニア)が優勝
1998-99シーズンのログ(FIBA Europe公式)
1999-00 パナシナイコス(ギリシャ)が優勝
1999-00シーズンのログ(FIBA Europe公式)
FIBA SuproLeague(2000-01)とEuroleague(2000-01)
ここが非常にややこしいのですが、いわゆる分裂状態の1年でした、このへんの経緯は日本トップリーグ連携機構の連載「ヨーロッパニュース」のVol.288(2015-07-15)の、<FIBA主催からULEB主催へと変化をとげたユーロリーグ> の部分に詳細書かれています。
2000-01 FIBAスプロリーグはマッカビ・テルアビブ(イスラエル)が優勝
2000-01 ユーロリーグはキンダー・ボローニャ(イタリア)が優勝
スペイン勢(レアル・マドリード、バルサ、タウ・セラミカ、エストゥディアンテス)はユーロリーグに参戦していたものの、イタリア勢はスプロ派(モンテパスキ・シエナ、スカヴォリーニ・ペーザロ)とユーロリーグ派(キンダー・ボローニャ、フォルティチュード・ボローニャ、ベネトン・トレビソ、スカリジェーラ)に分かれ、ギリシャ勢もパナシナイコスとオリンピアコスが別々だったりしました。